高知の名前の由来と高知城
現在の高知県は江戸時代は土佐藩と呼ばれていました。廃藩置県によって土佐藩は高知県へ変わった訳ですが、何故、「高知」と言うのでしょうか?
県庁所在地である高知市には高知城があります。そして、高知城の南側に鏡川が、北側に江ノ口川があります。この2つの川に挟まれた城下町、「河内(こうち)」が転じて「高知」になったと言われています。ただでさえ、水害の多い高知。水害に縁の深い「河」の字を嫌って「高知」と改名したと言われています。
この写真には、大手門と天守閣がいっしょに写っています。全国広しと言えども、大手門と天守閣を1枚の写真に収める事が出来るのは高知城だけだそうです。

高知城は、昭和9(1934)年当時の国宝保存法により国宝指定されていますが、昭和25(1950)年の文化財保護法制定によって現存する天閣など15の建造物が重要文化財となっています。その内容は以下のようになっています。
- 天守
- 懐徳館
- 納戸蔵
- 黒鉄門
- 西多門
- 東多門
- 詰門
- 廊下門
- 追手門
- 天守東南矢狭間塀
- 天守西北矢狭間塀
- 黒鉄門西北矢狭間塀
- 黒鉄門東南矢狭間塀
- 追手門西南矢狭間塀
- 追手門東北矢狭間塀
「どこにあるかひとっちゃぁ〜わからん・・」という人は、高知城にいらっしゃる土佐観光ボランティアに案内を頼んでみるのもいいかもしれません。(^_^) 木造天守のある城は現在国内に12個所あるそうです。姫路城(兵庫県・国宝)は別名”白鷺城”である事は知られていると思うのですが、高知城(高知県・重要文化財)の別名が”鷹城(たかじょう)”だそうです。高知県民は知っちゅうがやろうかぁ?
